「住宅建築」No.455/2016年2月号(建築資料研究社発行)に掲載された「調布の家」の記事の一部を御覧いただけます。

特集 時を内包する住まい

 失われた昭和初期の暮らしの「型」を再考する

「調布の家」東京都調布市
設計・施工=惺々舎(深田真工房)


住宅の設計を行うとき、構造を伝統構法で行うことは当然のこととして、間取りについては昭和初期の日本家屋の間取りの型に則して提案を行うことにしています。
近代までの日本家屋の変遷を見ると、昭和初期までの日本家屋には、構造に於いても間取りに於いてもひと連なりの「型」の継承がありました。
日本の伝統文化の「型」とは、自然と人間の力を共生させる術。それは人間が自然の声に耳を傾け、双方の力の均衡を謀り調和させる形式や作法であり、自然の中に秘められた生命力を畏れ敬い大切に扱うことによって、制御し恩恵を受けることを可能にするもの。そしてその「型」に添ってものをつくることによって、長い年月を掛けて練り上げられた普遍的で優れた芸術性と、全体に渡る調和感が自ずからそこに宿ることになります。
その優れた「型」によってつくられたかつての日本家屋は、当時の日本人の集合的無意識が形象化されたものといえるでしょう。現代人の合理的思考とはまったく異なる確かな基層に立脚した、かつての日本人の豊かな内的世界がそこには投影されているのです。
先日、渡辺京二氏の『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー刊)を読みました。そこには、幕末から明治初期に日本を訪れた外国人から見た、当時の日本の姿が描かれていました。当たり前過ぎて気づかなかったのか、あるいは近代化に忙し過ぎたためか、日本人自身はそのことを描写することさえしませんでしたが、訪れた外国人はこの国を「地上で天国あるいは極楽にもっとも近づいている国だ」と見ていました。
私たちは敗戦後、物質的な豊かさを求め経済的繁栄に浮かれるなか、かつての衣食住の「型」の多くを無意味で不要なものとして捨て去ってきました。しかし、世界で70億を超える人間が同様の豊かさを求める時代に入り、間もなく生活も目指すべき社会のあり方も根本的に大きな変革を迫られることになるでしょう。
先見の明のある人であれば、かつて捨て去った暮らしの「型」の中に、単なるノスタルジーではなく、遠い先の未来を先取りしたものを見い出すかもしれません。何故なら、かつてまだ日本人が自然と神仏を畏れ敬い謙虚に生きる術を知っていた時代に、少なくとも訪れた外国人たちは、この国とこの国の人々をこう見ていたのですから。「その景色は妖精のように優美」「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現われていて」「彼ら老若男女を見ていると、世の中には悲哀など存在しないかに思われてくる」そして「どうみても彼らは健康で幸福な民族」「親切と純朴、信頼にみちた民族」であると。
(深田真)

木に対する謙虚さと誠実さが生み出した伝統構法

構造に於いても、伝統構法の原則通りの構造設計を行っています。貫構造及び差しもの構造とし、今回通し柱は杉の六寸角を12本用いました。構造材の樹種は、土台に栗、丸太梁は赤松、浴室と物干し台部分は桧、その他は杉。
伝統構法では、構造全体を俯瞰した視座から常に全体のバランスを考慮しながら構造設計を進めます。また異なる断面寸法の部材が複雑に絡み合うため、各接合部については綿密な検討が必要となります。更に建前の手順を踏まえた上で、実際に墨付けを行いながら細部寸法と形状を決定します。伝統構法に於いては「全体と細部」双方を身体感覚の中で統合する力を持った棟梁のみが優れた設計を行うことができます。また最も重要ことは、精密で丁寧な墨付けと加工を施すこと。つまり大工の木に対する謙虚さと誠実さこそが伝統構法の生命線といえるでしょう。
(深田真)

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